2006/06/30

肩凝

一昨日、胚芽レーズンパンを焼いて、なかなか上手くいって、
坊主もバクバク食べてくれて、いやー、パン職人だぜとむふむふしていたら
急激に両肩が肩こりになって、それもすごいひどくて、
あわてて頭痛薬を飲んでみたもののアフターフェスティバル。
旦那にメッセで、夕食制作不可能の旨を伝え、坊主と共にベッドへ倒れ込む。
夕方6時で、坊主は眠いわけもなく、
倒れ込んだ私の上をアブアブ這い回ったり、髪の毛を引っ張ったり、
わたくしの眼球や鼻腔に指を押し込んだり…orz
抵抗する気力もなく、されるがままのお母ちゃん。

そうこうしているうちに旦那ご帰宅。
動かない私の寝姿を見て、さすがに危機を察知し、
母にまとわりつく坊主を引きはがし、私に静寂を届けて下さいましたよ。

それで、今日に至るわけですが、実はまだ良くなってないわけです。
何ですかねこの肩こりは。
何かに憑かれたのでしょうか。胚芽の霊とか?
昨日は朝イチで千年灸を3発ほどキメたせいか、どうにか薬無しで過ごしましたが、
今日は我慢ならず、さっき頭痛薬飲みました。
熱はないのですが、ひどい肩こりと頭痛、ほっとくと吐き気です。
考えられるのは、

1、過労
2、冷え (ここ暫く寒い)
3、寝不足
4、髪切ったから…
5、マラリア いやぁぁぁぁー

5は無いかな、多分…。
4だったらどうしよう。
先週、旦那に髪を切ってもらって、
もうちょっとでふかわりょうのマッシュルームヘアになれそうなおかっぱになったのだ。
このせいで肩周りが冷えてるんかな。。。
でも、ふかわりょうは、大好きだからいいけど(よくない)
もしそれなら、夏に脇毛を剃って風邪ひいた旦那と変わんないよな。

アンジェリーナの家のお隣り2軒が一昨日の夜泥棒に入られたらしい。
2軒とも南アの国境沿いの街に行ってて、空き巣だったようだ。
こういう夜の空き巣はこの時期多いらしい。
なぜかというと、ガタガタ音を音を立てても近隣住民が出て来るまで時間がかかるから。
何で時間がかかるかと言うと、寒くてベッドから出たくないからだそうです。
現に、アンジェリーナも最初の物音から一時間弱ほどベットの中でうつらうつらしてから
外を覗いてみたらしく、その時は泥棒も2軒目の家の家財を出してるところだったそうな。
えー!

とりあえず、どろぼーー!とアンジェリーナが叫んだため、
2軒目の家は家電と台所用品の被害で留まったらしいですけど。
1軒目はダブルベットから衣類から、何から何まで盗られちゃった模様。
どんなトラックで来てるんだよ。
 
 

2006/06/27

MOZ一人学習

土曜から3連休のモザンビークでございます。
なんで連休かと言うと、26日が独立記念日だったから。
で、月曜の今日は振替休日。
振替休日ってどこの国にもあるのかしら。ちょっとミラクル。


せっかくなので、モザンビークの歴史を調べ学習&覚書。


西暦1000年頃〜
 王国や都市が成立。交易で結構栄える。

1498年
 パスコ・ダ・ガマ到着

1590年ぐらい
 天正遣欧少年使節団帰国
 日本に初めて黒人種を連れてくる。
 どうやら現モザンビーク領近辺の人だったらしいよ。

1629年
 ポルトガルの支配権確立

1891年 
 英国との協議で現在のモザンビーク国境が決まる
 そしてやっぱり各地で抵抗運動が始まる

1962年6月25日
 モザンビーク解放戦線FRELIMO結成

1964年
 FRELIMO武装闘争開始。
 以降10年間植民地解放闘争が続く。

1974年
 大佐によるクーデターで政権転覆。政府関係者亡命。
 親解放運動派の新政権ができる。

1975年6月25日
 モザンビーク人民共和国として独立。
 初代大統領、マシェル。

1976年
 南ローデシア(現ジンバブエ)の主導でモザンビーク民族抵抗団結成。
 破壊工作を開始。

1977年
 FRELIMO党大会でマルクス・レーニン主義を国是とする事を決議。

1980年
 モザンビーク民族抵抗団が南ア・アパルトヘイト政権の支援を受けて
 モザンビークに不安定化工作を展開。

1982年
 モザンビーク民族抵抗団はマラウィに秘密基地を設置し
 モザンビーク中部から北部に紛争地帯を広げる。

1986年
 初代大統領マシェルが南ア領内で起きた飛行機事故で死亡。
 二代目大統領としてシサノが就任。

1989年
 FRELIMO党大会でマルクス・レーニン主義を放棄

1990年
 新憲法発布。
 モザンビーク人民共和国からモザンビーク共和国になる。
 数年にわたり、調印式や国連との交渉が続く。

1993年
 国連モザンビーク活動開始。
 日本の自衛隊も派遣される。

1994年
 初の有権者登録。
 初の政党選挙、大統領選挙。
 新大統領と新政府、発足。

1995年
 国連軍撤退。

2000年
 首都の日本大使館開設。
 2月から3月にかけて大洪水。
 被災者200万人。

2001年
 中部地域で再び大洪水。


60年代辺りからのモザンビークの紛争や歴史については、
NHKスペシャルのアフリカ零年『子供兵を生んだのは誰か』に詳しく報道されてます。
ポイントは、
80年代に起こった国内紛争は、実は資本主義と社会主義の闘争であり、
モザンビーク国外の資本主義社会(南ア・アメリカ)が仕掛けてきた国際紛争であったという事と
子供兵はその資本主義と社会主義の戦いであった80年代に生まれたという事。



私の日記にたびたび出てくるアンジェリーナですが、
彼女の左腕には入れ墨があります。
中南米なんかだと、恋人との永遠の愛を誓ったりして
お互いの腕とか足とかに名前を彫ったりAMOR(愛)なんて彫ったりするので
またまた、アンジェリーナもやるなぁと思ってたのだ。
で、ある日、「この入れ墨、旦那さんとお揃い?」とニコニコ聞いてみたら、
「ちがうよー。お母さんが彫ったの」と答えたのだ。
二つのイニシャルは、アンジェリーナのお父さんとお母さんの名前。
間にアンジェリーナのイニシャル。そしてやっぱり、AMOR。
彼女が10歳くらいの時に彫られたらしい。
弟は、もっと小さかったけど、首筋に彫られたと言ってた。
何で?と聞いてみたけど、アンジェリーナはよくわからないと言葉を濁した感じだった。

私の想像した事を素直に書くと、
この入れ墨は、彼女のお母さんが、万が一子供とはぐれた時のためか、
子供が兵隊に取られた時のためだったんじゃないかなと思った。
時期的にも80年代初期の話だし。

子供兵の中には、鉈を持たされ、銃を突きつけられて、
自分の母親を殺せと命令される事も少なくなかったようだ。
泣きながら自分の母親の腕に何度も鉈を振り下ろした話をどこかで読んだ。

もし、私の想像があたっていて、
そんな事を思いながら彫られたAMORだったとしたら、あんまりにも当然であり、また重すぎる。


やっぱり、争いはないほうがいい。
 
 

2006/06/22

保育園の効用

今日はどうもまったりしたい病が朝から発病していたので、
旦那にSMSで「Hiruwa sotode tabete kurerukai?」とお願いする。
快諾してくれてありがとう、旦那。
そうと決まれば、坊主のお昼を昨日の残りやら冷蔵庫の野菜やらでちゃちゃっと作り、
自由時間を作るのに一生懸命。
なんだ、自分、元気じゃん。

いつものように11時40分頃に坊主に ご飯食べる?と聞くと、
ぱむー(はい)と言ったので、ごはんをあげる。
よく食べる。
バクバク食べて、お茶を飲んで、一人で絵本を眺めていたと思ったら
ソファーで眠り始めた。
なんて完璧な進行でしょう!!
ひゃっほーい! と思って、さくっとネットを見たあと、
自分もご飯食べようと立ち上がったら、坊主もむくりと起き上がるじゃないですか。

あーらー、寝ぼけてるねー。お昼寝だよねー。
もっかい、寝ようねー
とあやすも、坊主の目はすぐに爛々となり、すっかり起床。
えー、30分しか寝てないよー…。
そのうち寝るだろうと思っていたのに、全然寝ない。
結局昼間はずっと坊主と遊ぶ羽目に。なんだこれは。


坊主も保育園に行った方がよいのだろうかと最近考える。
私自身が保育園には行かなかったので、メリットがよくわからない。
坊主が保育園に行った所で、私が働きに出れるわけでもないし。
行った方が、集団に馴れるのかなぁ。
そう考えてみると、私がどうも集団に馴染めないのは保育園に行ってないからかなぁと
ちょっと考えてみた。
小学生の頃は、仲良しグループとか、盆踊りの練習のグループとか、なんか羨ましくて、
でもどうやって輪に入っていけば良いのかわからなくて、
「あれはきっと月謝とか払って輪に入れてもらうもんなんだ」と子供なりに勝手に解釈し
諦めた事もあるくらいだったりする。
その後、ひょんな事からグループに入れたものの、内部分裂とか、腹の探り合いとか
リーダー格の栄枯衰退を目の当たりにし、息苦しくなって、
結局その人たちとは距離を置くようになった。
中学校に入ってばっかりの頃だったとおもう。
それ以来、集団は極力避けるようになったんだ。
保育園に行っていたら、そういう事もなかったのかなぁと思ったけど、
旦那の事を考えると、それは多分違う。
だんなは保育園に行ったようだが、集団はあまり好まない。
人がみんなで楽しんでいても、一人で自分の好きな事を淡々と嬉々とやってるタイプだ。
うむむむむ。 集団に馴染めないのは、きっと性格だ。
私も保育園に行ってたら、小学生時代に変な憧れを持つ事なく、
嬉々と一人遊びを楽しむ事を早くから実行できるようになっていたのかもしれない。
まぁ、実際のところ、保育園は全然関係ないかもしれないけどさ。


坊主と毎日向き合っていると、自分の小さい頃の事をいろいろ思い出す。
もちろん、1歳の頃を思い出せるわけもなく、記憶は幼稚園くらいからなんだけどね。
自分はあのときああ思ったけど、親はこんな気持ちだったんだろうなぁ、、、とか。
いろいろあるけど、親にはやはり、大感謝です。
 
ああだこうだ考えて、坊主におやつをあげて、
さあ夕ご飯の準備だーと思ったら、坊主が熟睡モードに入った。
ヲイヲイ、イマネタラ、イマネタラ…
今夜はダンシングオールナイトの予感。

撃沈

 
 

2006/06/20

パンも焼物

またパンを焼く。
10日に1回くらいの割合で焼いてる気がする。
おかげでシナモンロールはお手のモノだよ。お母ちゃん。
シナモンロール
ホームベーカリーは、当然持ってきてるわけはないので、手で捏ねてるのですが、
正直、捏ねる作業はたいした労力じゃないですよ。
まぜて、練って、叩き付けて…。
で、醗酵させて、形を作って、また醗酵させて、焼く。


ん?





短時間陶芸だ!
 
そーかー。だからなーんかこのパン焼き作業が好きだったのかー。
捏ね作業は、4年間特訓した菊練りの技が生かされてたのかー!
(生かされてるのは技じゃなくて、背中に付いた筋肉だと思うよ、泣)

でも、陶芸は太らないけど、パン焼きはすぐ太るよ。。。


坊主の丸坊主にした髪の毛が伸びてきたので、再び丸刈りに。

可愛い♪
…親ばか発言中…

いやほんと申し訳ないけど、かわいいよ、坊主。
寝顔とか最高。特に寝顔!起きてたら、、、微妙。
この歳の子供は、人生の中で一番可愛いそうだ。
親の目にはほぼ間違いなく、激可愛く映るらしい。
それには訳があって、
可愛く映らないと、世話してもらえないほど手がかかる時期
という事らしいですよ、奥さん。
ものすごく納得しました。
 
テレビでNHKを見ていると、日本人の閣僚はなんであんなにだらしないんだと思ったら
あれはクールビズなんですね。
でも、ただネクタイ外しただけの人もいるでしょー。あれはどうなの?
クールビズっていう薄着仕様には大賛成ですよ。
満員電車でジャケットまで汗がしみたおじさんと密着した事ありますからね。
で、も、さ、、、。
ノーネクタイにするなら、シャツとジャケットもそれなりにしないと
見てて気持ちいいもんじゃないよねー。
だからといって、沖縄のかりゆしウェアの花柄とかを本土で着ると、何か違うし。
日本でビシッとしたクールビスしてる人いるんかなー。
あと、北朝鮮はやっぱり不安。
そして『街道てくてく旅 岩本編』が終わったのは寂しい。

こんなことばっかり書いてると、アフリカまで行って日本のテレビのみかよって感じだけど
色々見てますよ。
色々って言っても、どうしてもわかる言語に行きがちなんでスペインのTVNが多いんですけどね。
特に、Vamoz a cocinar con Jose Andresというまんまの番組名の料理番組が好きです。


後半に毎回ゲストが来て一緒に食べておしまいなんだけど、
時々ゲストじゃなくて腐れ縁の親友が、
「ワインがないだろうと思って…」とか言いながら巨大消火器を持って現れたりします。
彼が出た日は最高です。
PerfecTVでも見れるらしいんで、興味がある方は、ぜひ。




 
 

2006/06/17

回顧展のお知らせ

 
臨死!!江古田ちゃんが読みたい。


さて、今日は日記の前に東京近郊からあたくしの日記をお読みの方々に、お知らせ。

国吉清尚回顧展
7月3日〜22日
早稲田大学會津八一記念博物館
10時〜17時
日、祝お休み

数年前に残念ながら他界してしまった知人の回顧展です。
ぜひどうぞ。
會津八一記念博物館の詳細はこちら



先日、米を洗っていたら、アンジェリーナが
「うちは25キロの米袋が20日で空になるよー」と言ってきた。
えぇぇぇ!すごいー!! ってか、家族何人?と聞くと、
「9人。」
あぁ、それなら食べれる量かもねー。うちだって月に5キロ食べてるし。
わたしのオツムのスーパーコンピュータで素早く暗算すると、
一日当り、1キロと750グラムずつ食べてるんだな。
久々に脳を使って、しわも増えたような気になっていたのだが、
ちょっと気になって家族構成を聞いてみた。
「小さい男の子二人にあとはみんな女だよ。(一人は離乳食の赤ちゃん)」
えぇぇぇぇ! 
もしや、パンとかジャガイモとか、シマ(トウモロコシ粉を炊いて練った郷土食)とか
マンジョカも、よく食べるの?と聞いてみると、
「うん!パンとマンジョカはほとんど毎日食べるよ!」
食べ過ぎだよ、アンジェリーナ一家…